松江家庭裁判所 昭和46年(家)314号 審判
〔主文〕被相続人亡園明光の遺産である別紙目録記載の相続財産を申立人(代表者大山実友、村井利郎)に分与する。
〔理由〕申立人は主文同旨の審判を求めた。
よつて調査したところによれば、大師講は松江市旧○○町区内(現在○○町○丁目○○及び○○町○○)に居住する大師堂(俗名○○町弘法さん)崇拝者たる講員を以て組織する任意組合でその起源は古く、明治以前より存続し、大師堂における祭祀及び財産の維持管理に当つて来た。大師講は現在講員六一名、役員としては、講員中より総合において委員八名、委員中から互選によつて委員長一名を選出してその運営に当つていたが、昭和四五年七月一〇日規約を一部改正し、代表者として正副委員長をおくことになり、大山実友が委員長に村井利郎が副委員長に各選出され、講を代表し、財産の所有名義人となりその管理、合計事務に当つている。大師講は古くより別紙目録記載の土地(以下本件土地という)の外宅地御堂祭祀用設備、書画骨董類等の財産を所有して来たが、本件土地については、被相続人名義で保存登記がなされている。被相続人は、明治初頃松江市に来た旅僧であつて、当時大師堂の祭祀に当つた者と思われるが、その本籍地、住所及び子孫等については、手懸が全くつかず、年代より見て既に死亡しているものと考えられたので、大師講の前代表者村井道助より当庁に対し昭和四四年九月一二日失踪宣告の申立があり、その旨の失踪宣告が昭和四四年九月二七日確定し、園明光は明治元年一二月三一日死亡したものと看做された。その後昭和四四年一二月一日田崎初太郎が相続財産管理人に選任され、所定の手続を経て相続人たることの申出を催告する官報公告がなされたが、最終公告による申出期限の昭和四六年二月二八日までに相続権を主張する申出はなかつた。本件土地には大師講の御堂が建つており、同所において明治以前より現在に至るまで引続いて同講の祭祀が行なわれ、同講の代表者がこれを管理していることなどの事実を認めることができる。叙上説示の事実関係によれば本件申立は相当であるから、民法九五八条の三第一項に則り主文のとおり審判する。 (元吉麗子)